きゆさだのブログ

ワイルドサイド抜け作

最近書いたもの

直近5件くらい。

転職にあわせて新年早々京都に引っ越します。丸5年近く京都のライブにばかり通い続けてきたのでやっとかという感じです。在京の皆さまもそうでない皆さまも、来年からもよろしくお願いします。

 引き続き、月1本くらいは何かしら書いていたいなという感じで細々やってます。来年からはもうちょい増やしたいです。

20191226 インタビュー:バンドでも1人でも、パレードみたいに楽しくしたい! ― さとうもか、加速する活動の手ごたえを語る

kyoto-antenna.com

久々のインタビュー。彼女が住んでおり、私の地元でもある岡山で決行しました。

実は5,6年前、おそらく大学に入りたてと思われる彼女をママ2で見たことがあります。まだ別のユニット名義で活動されていたその時に、ピンときてツイッターをフォローしたのが今につながっているわけで、何がきっかけになるかわからないものです。

そういう種まきを今年は若干サボっていた感があるので、来年の抱負はとりあえずそれを頑張っていこうとおもいます。

 

20191103 レビュー:のろしレコード『OOPTH』

turntokyo.com

久々のTURN単記事レビュー。ナチュラルボーンのガチガチ文体をやわらかくする作業を今回はあえてやらなかったんですが、それにしても固すぎかもしれない。相変わらず内容が陰気なのはどうすればいいのか……。

星めぐりの歌」引用が誰のアイデアなのか、先日のライブで折坂さんご本人に聞こうと思っていたんですが失念。大学時代本気でレポートに取り組んだ数少ない作家が宮沢賢治遠藤周作でした。

 

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日記

磔磔にドリンクチケットと音源を買いに行った。つくづく自転車を買っておいて本当によかったと思う。桜の時期には花見こそできなかったが(別に去年までしてたわけでもない)、二条城のまわりを自転車でぐるりと走るだけでも気分が味わえた。河原町にも3密を避けて行けるし、在宅勤務の昼休みに少し離れた店までご飯を買いに行ける。今日もできればアバンギルドに寄っていろいろ買いたかったが、さすがに距離があったので諦めた。

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神戸にいたころは徒歩5分と電車で全てが完結していたので、実家から持ってきた原付は早々に置物と化し、実質徒歩だけで5年も暮らした。岡本に住み続けたことに治安と利便性以外の理由はあまりなくて(いやきれいで活気があっていいとこなんですけど)、去年、平民金子さんのイベントついでに水道筋商店街を歩いたとき、ベンチで水野家本店のコロッケを食べながら買い物する人たちを眺めてふと「ああここに住みたかったな」と思ったのだった。高級精肉店ふうの岡本の水野家しか知らなかったのでコロッケの買い食いなどできると思わなかったし、している人も見たことがなかった。もし就職当時に灘とか須磨のへんを選んでいたら、ぶらつきたさに自転車も買っていたかもしれない。

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こっちで真っ先に自転車を買ったのはスーパーが遠いせいもあるけど、お店やライブハウスを自転車で渡り歩く人たちをさんざ見てきたので、逆に買わない選択肢がないくらいの感覚だった。結局のところ文化レベルでの根付きの話かもしれず、実際自転車表示に力を入れているらしい京都は、カーブミラーの少なさを除けば岡山よりも神戸よりも走りやすい。キープレフトで車道を走るのも普通の感覚になってきた。

昔、ライター講座のフライヤー配りかなにかで通ったときから「良い商店街だな」と思っていた三条商店街の近くにいま住めているのが嬉しい。けど最近は人の多さにネガティブな気持ちしかわかず、密度以上に自分の神経質にしょんぼりする日が続く。シビアになればなるほど自分の首が締まっていくのを感じる。

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日記

デイリーポータルZ編集部の古賀及子さんのブログ「まばたきをする体」が好きで毎日読んでいる。平民さんの平民新聞松永良平さんのnoteもそうだけど、子供の頃から継続が致命的に欠けている私は、毎日続けられるのがすごいなあと単純なことを思う。小並感だ。

日々の考えごとは泡のように消えて、その場で書きつけない限り影も形も残らない。数日おきに書いている自分しか見ない日記はおもしろみもないし暗いしな。きりがないほど見映え(読み映え?)を気にして、一度公開した記事を2,3文字直して更新、みたいなことを何べんも繰り返すようなたちだから、人に読んでもらうための日記はやっぱり苦手だ。けどこういう状況だから、自分が読んでいて落ち着くものを、自分も書いてみたいという気持ちにはやっぱりなる。

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日記(分断、カルチャー、現場)

言葉には手垢がつく。手垢がつくとどうなるかというと、はじめは時事と結びついてクリアに共有されていたその意味が、だんだんボヤッとしてくる。

最近、いい加減使う人も減ってきた「分断」という単語について考えた。使われすぎるあまり意味合いがだんだんボヤッとしてきて、2016年当時ほど便利な言葉ではなくなってきた。

出元はトランプ政権爆誕Brexitで、「自分の観測範囲じゃ9割NOだった投票結果がYESに終わった不気味さ」に端を発していた。確固たる良心と根拠をもってNOを出した(出す余裕のあった)自分たちが実は少数派だったという絶望。インターネットが見せる観測範囲の限界に、インターネットを信じていた人々がいよいよ気づきだした年。

「分断」は「もともとつながっていた領域が切り離された」現象じゃなく、「それまで見えていなかったものに気づかされた」出来事だ。なにかが断たれたんじゃなくて、あくまでひとつの気づき。だから実際、「分断」に気づいたからといって私らにできることがそんな変わったわけではないと思う。より切実にはなった。

自分の観測範囲の限界を知り、ムラの中にいながら外とつながり、外に呼びかける方法を探す。ムラに合いそうな人を外から探して引っ張ってこなければ、どのカルチャーもいずれ死ぬので…。

そんな地道な人の引き込みが分断の解消につながるかというと違う気がする。たぶん「分断」自体は太古の昔からあって、発生するとか解消するとかいうものではないんじゃないか。人間は手足が2本ずつしかないし、移動に時間がかかるし、顔を覚えられる人数にも限りがある。一人一人のそういう限界からはみ出たものの集積が「分断」なんじゃないか。人類みんなそろって高次存在にでもなれたら解消されるかもしれない。あるいは眉間にチップを埋め込んだら少しはマシになるか……。

解消どうこうはともかく、自分の観測範囲外、ムラの外と最もダイレクトにつながれる手段はインターネットではなく現場にあると思っている。実店舗を置けばふらっと入ってくる人もいるし、なんとなく入ったカフェでイベントのフライヤーを手に取ることもある。

私自身はただの勤め人だけど、職場のカルチャー畑ではない人とかにも、あまりためらわずにカルチャーの話をする。メシや旅行の話題にかこつけて、あのエリアはこういう店や人たちがいるからアツいとか、あそこの店はオムライスが死ぬほどうまいしライブ会場としても大変オツだとかを話す。詳しいんですねと言われてひけらかしてるような恥ずい気持ちにもなるけど、インターネット民主が好きなので、おらが村の豆知識共有をためらう理由は特にない。歓談のジャマにならないよう手軽な話し方を探している感じはあるけど、結局のところエゴだし、煙たがられなければ良いと思っている。

 

(5/1 追記)

モーションギャラリー代表・大高健志さんのミニシアター・エイドにまつわるインタビューで、「分断」についてある種腑に落ちる表現があった。

コロナを機に、分断がますます進むでしょう。分断は格差よりひどい、相手の立場にまったく立てない、それによって生まれているひずみを認識する共通言語がない、ということですから。

「分断の進行」がなにを指すのかを考える。少なくとも上で書いたような人/グループ単位の発見ではなくて、友人のような既知の間柄の中で改めて気づかされる小さな隔たりの、その集積度合い、とか……。大きな問題を考えるときには人/グループ単位の分断を想定しがちだけど、既知の間柄に新たに生まれていくタイプの分断(無理解)はよりいっそう人を寂しくする。下手するとそれは、ただ会わずにいるだけでも進行してしまう感じすらある。それまで「無関心」ゾーンに置かれていたものたちが、スウィートランドの段差よろしく「嫌悪」「不可解」ゾーンにじわじわ落とされていくような。

最近よく聴いているもの

アンテナnoteでたまにやっている企画の個人版。

ランタンパレード『ブルードリーム(Live)』

ランタンパレードが突然リリースしたよりぬきライブアルバム。リリースされた1月から回数で言えば一番聴いてると思う。アンテナの事務所から歩いて帰る道中、葬式のため伊丹空港に向かうモノレールから住宅地を眺めている時など。そう広い会場ではないらしいがヌケのあるサウンドスケープで、寒すぎない冬の夜によく似合う。特に「時のかおり」のアウトロのギター2本のプレイに胸をかき乱される。エモの頂点に登り切る手前であっけなく消えてしまう感じがたまらない。

Browning Bryant『Browning Bryant』

ブロウニング・ブライアント。1974年作。Spotifyのレコメンドで知った気がするけど、どこぞのライブ会場でのShazamかもしれない。当時16歳にしてこれが3枚目&最終作だというから謎めいている。曲としては1曲目の強度がバツグンだけど、4曲目のホーンアレンジがなんかお気に。Andy Shaufの木管グリッサンドの感じが好きな人はピンとくるのではないか。ザ・バンド中期のホーンアレンジをしているアラン・トゥーサンのプロデュース作らしいので、その部分も彼が書いてるんでしょう。

阿佐ヶ谷ロマンティクス『独り言』

阿佐ヶ谷ロマンティクスのひさびさの新曲。先行公開された表題曲のヴォーカリゼーションのアンニュイ昭和歌謡っぷりがすばらしい。でも2曲目の温度感もめちゃくちゃいいしライブでアガりそう。というかしばらくライブ見ていないので行かなければ…

YeYe『暮らし』

アルバムが待ちきれない。THE CHEF COOKS MEの参加曲でも息を呑むほど研ぎ澄まされた詩を書いていたYeYe氏。出産後に初めて出す曲名を「暮らし」とするのは勇気がいったのではないかと邪推するけど、だからこそ埋もれることも跳ね除けることも選ばないしたたかさがにじみ出ている。ヴォーカリゼーションもため息が出るくらい最高です……。

うたたね『ぼくらのおんがく』

部屋鳴り感のあるラフな音にスケール感のある曲たち。若い人たちなのだろうかと思ったら、もう活動7年目なんだそう。音の理由はあだち麗三郎プロデュース&星と虹レコーディングスタジオで、おそらくのろしレコードと同じく一発取りに近い感じで録ったんでしょう。直近の東京インディー、もといJAPANESE NEWEST FOLK(©峯大貴)まわりでのあだち麗三郎氏の立役者っぷりにここでも頭が下がる。つうかただただ曲がいいんですけど、レコ発のときにお聞きしたところ、メンバーみなポストロックだとかメタルだとか(メタルはさすがに記憶違いかもしれない)、歌ものではないジャンルが出自だそう。カクバリズム角張氏が最初はゴリゴリのパンクキッズであったことを思い出した。しかし、愛聴しているバンドのライブを初めて見る時のときめきってMajiでKoi、もはや下手な恋より恋してるよなと毎度思う。

 

新コロ騒動でしんどいのについつい見てしまうツイッター。私が生まれて初めて買った音楽雑誌はちょうど10年くらい前のロッキング・オン・ジャパン志村正彦追悼特集なんですけど、そこで志村に宛てて岸田繁が寄せていたコメント「すごく大きなものがゆっくりゆっくりとひっくり返っていくような感覚がずっと続いている」が妙に生々しくて(超うろ覚えだけど)こういうときによく思い出す。今思えば若干予言的だったし、年々真に迫って感じられるようになっている。

最近書いたもの

直近5件くらい。

転職にあわせて新年早々京都に引っ越します。丸5年近く京都のライブにばかり通い続けてきたのでやっとかという感じです。在京の皆さまもそうでない皆さまも、来年からもよろしくお願いします。

 引き続き、月1本くらいは何かしら書いていたいなという感じで細々やってます。来年からはもうちょい増やしたいです。

20191226 インタビュー:バンドでも1人でも、パレードみたいに楽しくしたい! ― さとうもか、加速する活動の手ごたえを語る

kyoto-antenna.com

久々のインタビュー。彼女が住んでおり、私の地元でもある岡山で決行しました。

実は5,6年前、おそらく大学に入りたてと思われる彼女をママ2で見たことがあります。まだ別のユニット名義で活動されていたその時に、ピンときてツイッターをフォローしたのが今につながっているわけで、何がきっかけになるかわからないものです。

そういう種まきを今年は若干サボっていた感があるので、来年の抱負はとりあえずそれを頑張っていこうとおもいます。

 

20191103 レビュー:のろしレコード『OOPTH』

turntokyo.com

久々のTURN単記事レビュー。ナチュラルボーンのガチガチ文体をやわらかくする作業を今回はあえてやらなかったんですが、それにしても固すぎかもしれない。相変わらず内容が陰気なのはどうすればいいのか……。

星めぐりの歌」引用が誰のアイデアなのか、先日のライブで折坂さんご本人に聞こうと思っていたんですが失念。大学時代本気でレポートに取り組んだ数少ない作家が宮沢賢治遠藤周作でした。

 

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書いたもの履歴 201812-201906

 20181229 ライブレポート:中村佳穂『AINOU』レコ発@磔磔

kyoto-antenna.com

よく見かけるセトリやMC内容の書き取りではなく、それなりの視点を入れた考察寄りのライブレポートです。一度でも彼女のライブを見たことのある方に向け、ここ2ヶ月のAINOU祭りを受けて思うところをぶっこみました。

 

20190123 インタビュー:Sawa Angstrom

kyoto-antenna.com

ブラックミュージックを追っかけるだけが国際化ちゃうやんかという気持ちをほんのり込めて。地味に年上の方へのインタビューが初めてで、キャリア最初でない名義についてお聞きするのも初めてでした。学ぶことの大変多かった日。メンバー、スタッフ、岡安さん(アンテナ副編&フォトグラファー)、ありがとうございました。 

 

 20190520 レビュー:マック・デマルコ『Here Comes The Cowboy』

turntokyo.com

毎度お世話になりまくっている面倒見の鬼(©ワールドトリガーのような師・岡村詩野さん主宰のTURNへ初寄稿。サイトデザインもプレーンかつカッコよくて惚れます。ザ・ナショナルのインタビューの直後というちょっぴり緊張する掲載順。

 

20190619 レビュー:スカート『トワイライト』

turntokyo.com

クロスレビュードリーミー刑事さんの原稿も最高です。西のジャンゴことK2レコードで借りた2nd『ひみつ』に刺されてから早6年、はじめてきちんとしたものが書けてうれしい。白状すると、書いた時は手元に現物がなかったので「パッケージのコマが実際の漫画本のコマと同じサイズ感であること」は確信に近い推測でした。フラゲして速攻確認した。でも鶴谷さんの単行本って全部大型本だから厳密には…別にいいか…

“あること”そのものを愛でているというのは言うまでもなく私の話で(も)ある。Cravi…iTunesと共に青春を過ごしITと呼ばれる業界で4年飯を食い、それなのにSpotifyで聞ける曲をレコードで買ったり、kindleで読める本を本屋に出向いて買ったりしている。けれども実際聴いてる回数でいえばSpotifyの方が何倍も多くなってしまっている。それが持つ機能よりも“あること”自体のためにカネを払っているわけで、そこへの後ろめたさがずっとある。

2019年に彼のような立場からこのようなアルバムが出ることは、ストレートにとても大事なことだと思っています。御託抜きでも1曲目から本当に名曲で、これに励まされて辞表を書いたといっても過言ではない。

 

マチノブンカサイから

かつて私は岡山駅から一番近い大学に通っていた。ほぼ学外で活動するような軽音サークルに入り、厳正なる消去法の結果部長もやっていたので、4年間で他大学のバンドマンの友人やライブハウススタッフの知人も何人かできた。しかし、それでもあまり通うことのないまま岡山を離れてしまった場所がいくつかある。エビスヤプロ、蔭凉寺、奉還町KAMP(は私の卒業後にできたのかもしれない)、そして、マチノブンカサイを主催しているカフェ&ライブスペースの城下公会堂もその一つだ。マチノブンカサイは毎年9月頭。盆直後なのでこれまでなかなか行けずにいたがやっと行けた。無職さまさまであった。

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